東京高等裁判所 昭和28年(う)715号 判決 1953年5月04日
控訴人 被告人 岡新太郎
弁護人 金綱正己
検察官 曽我部正実
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役一年に処する。
原審における未決勾留日数中三十日を右本刑に算入する。
訴訟費用は、全部被告人の負担とする。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人金綱正己作成の控訴趣意書に記載してあるとおりであるから、ここにこれを引用し、これに対し、左のとおり判断する。
第一点について。
原判決認定の貼付ビラの記載が検事横地恒夫やその家族の生命、身体及び財産に対し害を加うべきことを内容とするものであることは、自体明白であつて、原判決の援用する押収証拠物、写真、鑑定人遠藤恒儀及び警察技師町田欣一各作成の鑑定書に徴すれば、右ビラの脅迫文言は、被告人が他の氏名不詳者と共にこれを記載したものであることが明らかである。記録及び証拠物につき彼此照合して検討するも、右各鑑定書が信憑力を有することは疑を容れない。そして、前記各証拠その他の原判決援用の証拠(但し、証人横地恒夫の供述中所論伝聞部分及び推定部分を除く)を総合すれば、被告人が原判示のような意図のもとに、他の氏名不詳者一名又は数名と共に、脅迫文言を記載したビラを貼付することにより検事横地恒夫を脅迫することを謀議して前記脅迫用ビラを作成し、該共謀者の全部又は右謀議により貼付担当者となつたその一部が現実にこれを原判示の時に原判示の場所に貼付し、もつて原判示のように前記横地恒夫を脅迫するに至つたことを肯認するに充分である。しかしながら、本件が暴力行為等処罰に関する法律第一条第一項に該当するには、被告人がかかる脅迫を謀議しただけでは足らず、現実に他の者と共同して脅迫行為を実行することが必要であつて、右脅迫用ビラの作成は、未だ脅迫行為の予備に過ぎず、これが貼付されるまでは、脅迫の実行に著手したものとは言えないから、被告人が現実に前記ビラの貼付行為に加わつたことが認められなければ、被告人が同法律第一条第一項違反の行為をしたものとはならないのであつて、被告人が現実にかかる貼付行為に加わつたことについては、原判決援用の証拠によるも、更にその他の原審に顕れた証拠によるも、これを確認することができない。また被告人が現実に該貼付行為に加わらなくても、右貼付行為を現実に行つた者が二名以上あれば、被告人は、その謀議者として暴力行為等処罰に関する法律第一条第一項違反の罪の共同正犯としての罪責を負うべきもの(大審院昭和七年(れ)第一一七七号同年十一月十四日第一刑事部判決、判例集掲記判決要旨第二に関する部分参照)であるが、かかる貼付行為が現実に被告人以外の二名以上で行われたことについても、原判決援用の証拠その他の原審に顕れた証拠によるも、これを確認することができない。従つて、被告人の本件行為は、刑法第二百二十二条の脅迫罪の共同正犯たるに過ぎないものと解する外なく、被告人が暴力行為等処罰に関する法律第一条第一項違反の罪をおかしたものと認定した原判決には、所論のような判決に影響を及ぼす事実の誤認があるものと言わなければならない。論旨は、理由がある。
(その他の判決理由は省略する。)
(裁判長判事 坂間孝司 判事 鈴木勇 判事 堀義次)
弁護人の控訴趣意
第一点事実誤認
(一)原判決は被告人に対して、「(原判決摘示)のビラ」を「氏名不詳者数名と共同」して貼付し「横地検事をして閲読」させ、因つて「同人及び同人の家族の生命、身体及び財産に対し害を加うべきことを以て同検事を脅迫」したと認定し、その証拠として、証人笠井洵以下十四名の供述及び鑑定書等の書証更に証拠物等を引用している。
(二)しかしながら、右証拠を幾ら検討しても、判示事実の行為を被告人がなしたということは考えられない。先ず第一に右の各証拠を順次検討して行くと、当夜、被告人が現場について判示記載のようなビラを貼付したという点の証拠は全然ないと云うことである。横地証人の証言によつても、「八月三日の夜十一時少し過ぎ二、三人の人影をみた」(記録一一四丁)と云うのは、実は同証人の妻の見聞したことで伝聞であり、又証人が「一、二日前に夕方神社の処で、四、五人の人影を見た」(同丁)と云つているのも、実際それは何を意味するものであるかは不明のことで、右に、同証人の云うように「挙動がおかしかつた」(一一八丁)と云うだけのことでは、本件の判示事実の証明には到底なり得ないし、同人の証言が信用出来ないものであることは、一度も面会もしなければ、話したこともない人間を、直ちに「ビラを貼つたことのある人間-私の推定-」を磯部良雄」と考える(一一六丁)ことは、実際上、出来ない。
(三)(A)そうすると原判決の引用した証拠のうち、右の横地証言を除くと、どういうことになるだろうか、先づ(イ)司法警察員笠井洵作成の実況見聞調書と、(ロ)巡査部長坂田佐太郎外一名作成の現場写真の二つは、ただ本件起訴状末尾に添附のビラが、それぞれの場所に貼つてあつたというだけのことである。(B)次ぎに(イ)司法警察員矢内義信作成の捜索差押調書と(ロ)昭和二十七年証第一二六五号の一乃至九の各存在並に各記載(押収品)及び(ハ)接見差入許可申請等の件について回答書中の記載は、いずれも、筆跡鑑定との結び付きによつて始めて、その証拠としての価値が附加されるのである。(C)最後に鑑定書は二通あるが、まず鑑定書自体、「筆跡は同一人に於ても記載の条件によつて変化する」(記録九二丁、町田欣一鑑定書)ものであり、にわかに、鑑定を信ずることは出来ないものである。
(四)前項で検討したような次第であるとすると、今度は 各証人の証言としてもたいして問題にすることはない。何となれば、横地証人を除いては、木荘、小島、市野原、赤塚、山岸、斎藤、花岡、足名の各証言はいずれも、被告人を、それぞれの職場等で、面会等の件で見たというに過ぎない。決して判示認定の事実を証明する証言ではないのである。
(五)従つて、判示事実のうち、(氏名不詳の者数名と共同した)という点は、全然証明されていないのにもかかわらず、原判決が独断で認定したものであり、その他被告人が、判示所為をなしたという証拠は全然ない。仮に鑑定書が、一応信ずることが出来たとしても、被告人が、八月三日午後十時頃から、翌四日午前五時迄の間に、ビラを貼つたという証明にはならない。原判決は、たまたま本件のビラが、被告人の書いたものであるという鑑定や、被告人が、山本慶一の釈放に対して熱心であつたという事実から、ビラを貼つたという事実に飛躍して認定しているのであつて、原判決はこの点で事実誤認をしており、判決に影響を及ぼすこと明かであるから、破棄を免れない。
第二点法令適用の誤
(一)原判決は被告人に対して、判示記載の如き所為ありたるものとして、被告人に対して、暴力行為等処罰に関する法律違反第一条第一項に該当するとしている。しかし乍ら、同法律第一条第一項の所謂「数人共同して」という場合は、本件の如き事実には適用されないものである。即ち暴力行為等処罰に関する法律違反はそれぞれ刑法各本条に、相対して規定されているものであつて、その構成要件も、右の立場から考察しなければならない。
(二)原判決の引用するあらゆる証拠を検討してみても本件は「数人共同して」なしたものとは認め難いものである。更に鑑定書等に、たまたま二人以上の異る筆蹟が本件証拠物に見られるようであるが、これは本罪の構成要件たる「数人共同して」の場合に該当するとは受け取り難い。本罪の法益即ち、被害者たる横地証言によつても、同人はビラの結果としての効果として、脅迫されたものであり、これが、その前提段階においては、何等証明はされていないのであるから、原判決は、この点において、法令の適用の誤りがあり判決に影響を及ぼすこと明かであるから破棄を免れない。